3/14付け朝日新聞夕刊 「ウィークエンド経済」第590号

Small Office Home Office

夢の職場か 電脳内職か


「SOHO」(ソーホー)を知っていますか。自宅や小さな事務所でパソコンやインターネットを駆使して仕事をする人達のことです。「スモール・オフィス・ホーム・オフィス」の頭文字。米国で生まれた言葉で、日本でも自由さが受けて、脱サラした人や子育て中の主婦を中心に、二年ほど前から広がっています。リストラを進める企業が業務の外注を増やしているのと、情報・通信技術が発達して少人数でも出来る仕事が広がっているのが背景。でも実際に始めてみると、仕事も収入も少ない厳しい現実にぶつかることも多いようです。

(金光 尚、田畑 智洋)

昼寝もできる自由パソコン使って家でも

 埼玉県のマンションに住むAさん(35)の一日は、午後5時、四畳半の仕事場にあるパソコンの電源を入れることから始まる。電子メールをチェック。十時ごろ顧客から電話がかかり始める。昼食後は、「これが気持ちよくてやめられない」という一時間の昼寝。晴れた日には電話とパソコンを持って屋上へ。「夜は眠くなったら寝る。サラリーマンでは絶対に味わえないぜいたくですね」
 1996年末に十年間勤めたコンピューター会社を辞めた。「激しいリストラで、信頼できる上司が次々と辞めていった」のが理由だ。 
 不動産向けを中心に、パソコン利用の指導やホームページづくりを請け負う事業を始めた。マンションを買った二年前、不動産業会のパソコン活用が遅れていることに気がついたのがきっかけだ。
 ただし、実際の収入の多くは、会社員時代のつてで請け負うシステム構築の仕事が頼り。昨年の売上高は千二百万円だが、「三ヶ月入金のない時もあった」。今は仕事を増やそうと、業界団体の会合にこまめに顔を出している。信用を得るため、夏には有限会社にする予定だ。
 東京都に住む主婦のBさん(30)が居間のパソコンに向かうのは、三歳の娘と一歳の息子が寝静まる午後8時。企業からファックスで送られてきた原稿を元に文書を作ったり、名簿の入力をしたりして通信回線で送り返す。深夜になることもざら。納期が迫ってくれば週末もパソコンに向かい、会社員の夫が子供の面倒を見る。
 一ヶ月に15〜二十日間は働いて、収入は五万から十万円。でも「ソフトの使い方をどんどん覚えていくのが楽しい。お金はついでに入ってくる感じです」と屈託がない。
仕事を始めたのは三年前の出産がきっかけ。家では子供と二人きり。近所に友達もいない。しかし、パソコン通信を始めると在宅ワーカーたちと知り合い、仕事を紹介してもらうようになった。「家事ができるし、パソコンで社会との接点ももてる。この働き方が気に入ってます」
 SOHOを組織化する人もでてきた。百人の在宅会員を抱えるC社のD社長(36)もその一人。五年ほど前に一人で文字入力の仕事を始めたが、仕事量が増えるばかりなので、一年半前に有限会社を設立した。「仕事探しを個人でやるのは大変。一方、急な仕事が入っても会員がたくさんいれば手分けできる。この事業は必ず伸びます」と確信する。人材派遣会社のパソナ文字宅ワークの紹介事業に乗り出した。今月二日から翻訳やデータ入力などへの登録を始めたところ、一週間で申し込みが千件。現在は派遣社員としての登録者に限っているが、一年後をめどに一般の希望者にも広げる予定だ。

仕事・収入少ない現実甘い考えで初心者殺到

 主婦ネットワーク「エムネットジャパン」が昨春から在宅ワーカーの登録を始めたところ、会員は1500人に膨れ上がった。しかし実際に仕事を頼めるのは一割以下だ。「仕事を下さいと」という初心者に、「まずパソコンスクールに通って下さい。ソフトやファックスなど出費も必要です」と説明すると、あきらめる人が多い。
 E社長(37)は「技術がなければ一件数千円の安い仕事しかない。子供が病気でも納期は延ばせない。SOHOとは本来、営業も契約も納税も自分でする独立自営業なんです」と話す。
 プロ意識がないままSOHOを目指す人が殺到している現状を、関係者は「SOHOバブル」と呼ぶ。
 昨年暮れ、ある朝、埼玉県にある女性デザイナー(40)の自宅兼事務所の電話が鳴った。「これからパソコンを買うんですが、仕事をもらえますか」。デザイナーはその日の朝刊の求人欄に「在宅マック入力・編集」という小さな広告を出したばかりだった。 
 それから一週間で電話は120本を越え、仕事はマヒ状態。「どんな機種を買えばいいですか」「どのくらいの期間で覚えられますか」「月に二、三万円の収入でいいんですけど」・・・・。9割以上が女性、全体の8割が初心者クラス。結局、採用したのは一人。デザイナーは「広告に『経験者に限る』と書くべきだった」と反省しきりだ。
 初心者のSOHOの急増で仕事の単価は下落する一方だ。ネットで「勉強のため安価で引き受けます」と宣伝する人さえいる。文書入力はかつて一字一円以上だったのが、今は四十〜五十銭ならましな方という。 
 ブームにつけ込む悪質な業者も多い。「パソコン講習を受ければ仕事を回す」という触れ込みで、高額の機器や教材を売り込む業者もいる。「手軽なSOHOビジネス」と称して、ネット上で「新規会員を獲得するごとに九万円の報酬」を宣伝するネズミ講まがいの商売も目立つ。
 パソコン通信「ニフティサーブ」の在宅ワーキングフォーラムが二月に行った調査によると、回答した在宅ワーカー百五十三人のうち「仕事が継続的にある」のは三割で、半数近くが年収百万未満だった。
 日米の労働事情に詳しい日本女子大の大沢真智子教授(45)は「SOHOは働く意欲のある人に機会を与える点で評価できる。しかし、、日本ではコスト削減をねらう企業の下請けが多く、再就職に向けてキャリアを積むのが難しい」と指摘する。組織で働く人に比べて、労働条件や保険、年金などの公的制度が整っていないのも問題という。
 SOHOの統計はないが、米国に比べると少ないといわれている。米国で企業向けコンサルタントをしているFさん(37)は、日本でSOHOが育ちにくい理由として、「米国では企業をレイオフされた実務経験豊かな管理職や技術者が多いのに比べて、日本はSOHOの人材源が少ない」と分析。加えて事務所の賃借料や通信費など経費が高いことや、大企業の取引相手として個人が信用されにくいことを挙げている。

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